« 義母の家で過ごした一日 | トップページ | 母との一年 »

2008年12月18日 (木)

中国スタイルと落ち葉

中国語の先生が対句を載せてある本を持って来てくれました。お正月に年賀状に添えると良いからとコーピーしたのもくれました。「皆さんが中国に行った時は、一冊買うと良いですよ」と話していました。
対句とはWikipediaによると----行連(にぎょうれん;二行連句、対句、couplet, カプレット、カプリット、クプレ)は2行で1組の韻文(詩)。通常押韻され、同じ韻律を持っている。文化によっては、それぞれの文化に関連した装飾的な伝統を持っている。-----
例えば、  山明水秀  鳥語花香  の様に対をなして表現するものです。祝い事などに添えたりします。
ざっと見ても、例えば結婚の祝いの対句も春の結婚式・夏の結婚式・秋の結婚式・冬の結婚式のように分かれていたり、お誕生日も何歳のお祝いに送る対句かでそれぞれ違います。今度の年賀状に添える言葉として使ってみようと思っています。

Image01941

その中国語の教室の生徒さんの中に写真家で、画家としても活躍されている人がいます。教科書でチャイナドレスの事が出てきた時、「撮影用にあるから今度もってきましょう。」とおっしゃって女性軍から歓喜の声が上がりました。次の授業の時、早速一式持ってきてくれました。生徒が数人着せて貰いましたが、チャイナドレスは、横を留めるだけなので脱ぎきが簡単で、頭にかぶる西太后の様な飾りはゴムと紐で簡単に乗せることが出来ます。服の下にぽっくりみたいな、高下駄の様な宮廷で使用したという靴を履きます。そうして、扇子を持つと、あら、不思議。昔の女官の出来上がり。事務室の女の子が着たのを撮影させて貰い、周りをクラフトでちょっと飾ってみました。雰囲気が伝わるでしょうか。

Image01021

話は変わりますが、愛犬のメイリーと散歩していてハラハラと落ちる落ち葉を見ていたら、突然“葉っぱのフレディ ”という絵本を思い出しました。

大きな木の太い枝に生まれた、葉っぱのフレディのおはなし。
春に生まれたフレディは、数えきれないほどの葉っぱにとりまかれていました。はじめは、葉っぱはどれも自分と同じ形をしていると思っていましたが、やがてひとつとして同じ葉っぱはないことに気がつきます。
フレディは親友で物知りのダニエルから、いろいろなことを教わります。自分達が木の葉っぱだということ、めぐりめぐる季節のこと...
フレディは夏の間、気持ちよく、楽しく過ごしました。遅くまで遊んだり、人間のために涼しい木陰をつくってあげたり。
秋が来ると、緑色の葉っぱたちは一気に紅葉しました。みなそれぞれ違う色に色づいていきます。
そして冬。とうとう葉っぱが死ぬときがきます。死ぬとはどういうことなのか...ダニエルはフレディに、いのちについて説きます。「いつかは死ぬさ。でも”いのち”は永遠に生きているのだよ。」
フレディは自分が生きてきた意味について考えます。「ねえダニエル。ぼくは生まれてきてよかったのだろうか。」
そして最後の葉っぱとなったフレディは、地面に降り、ねむりにつきます。


その葉っぱと同じような葉っぱが一杯道路に重なっていました。どうしても、もって帰りたくなって、一枚拾いました。仲間と共に眠っているフレディを暫しの間、居間において置きました。

P10307501

|

« 義母の家で過ごした一日 | トップページ | 母との一年 »

コメント

「対聨手冊」なんていう本があるんですね。対聨は「張さんの哲学」や「離婚」など、あの老舎の小説のなかにも、結婚式の時などに良く出てきます。対句ほもちろんでしょうが、きっと材質などもいろいろな種類があるんでしょうね。

投稿: daikanyama3461 | 2008年12月19日 (金) 20時27分

daikanyamaさん

本当に色々お詳しいのですね。
中国語も昨日で冬休み!
緊張感を持った授業なので、今開放感に包まれています。

中には都市と農村の繁栄を喜ぶいうものや
家畜が盛んになり、五穀が豊かに実るなど
中国らしい句もあります。

daikanyamaさんのブログ、ゆっくり覗かせて頂きます。

投稿: エムズのひとり言 | 2008年12月20日 (土) 10時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/385507/26181607

この記事へのトラックバック一覧です: 中国スタイルと落ち葉:

« 義母の家で過ごした一日 | トップページ | 母との一年 »